私はSMプレイについて、複数の女王様に教えを乞うている。
そう言うと、縛り方のノウハウとか、プレイの仕方を教えてもらって
いると思われるかもしれないが、大抵最初の話は、どんなプレイにはど
んな危険が伴うのか、どんなやり方をしてはいけないのか。そういう話
ばかりを聞かされる。
つまり、サドとして知っておかなければならないのは、危険回避の仕
方なんだな。それがちゃんとできていれば、そこから先は自分の好きな
ようにして構わないということらしい。
私が初めて女王様のところに通い始めた頃、私がこんなことを言っ
た。
「私は体が大きいから、小さな鞭を持っても絵にならないんですよね」
その女王様は、SMプレイをしていきたいのなら、かっこよくプレイ
したいとか、絵になるプレイをしたいという気持ちは捨てなさいと言っ
た。サドにとって何より大事なことは安全なプレイをすること。たとえ
全然かっこよくなくても、事故の起こらないプレイをすることが何より
大事なんだと。
そしてしてくれた、その女王様の思い出話。以前に和風の部屋でM男
くんを吊っていた時、古い敷居がささくれ立っていて、足に棘が刺さっ
てしまった。それも、長い棘が、垂直の方向に足に突き刺さったと言
う。
その時その女王様が一番にしたことは、棘の刺さった足を庇いなが
ら、先ずM男くんを降ろすこと。何かあった時に対処できる状態でなく
なったことで、それ以上M男くんを吊っておけないと判断したそうだ。
結果、彼を降ろす間に棘はますます深く刺さり、救急車を呼んで病院
で処置してもらわなければならない状態になってしまったという。
よく言われる言葉。自由と責任は隣り合わせだと。拘束して、マゾの
自由を奪うからには、そしてマゾに対する生殺与奪の自由を一手に握る
からには、プレイ中に起こる全てのことの責任をサドが負うということ
なのだ。
先日、三重県で大きな地震が起こって、大阪も震度3で揺れた。ちょ
うどプレイ中の女王様が居て、吊られていたM男くんはやはりかなりビ
ビッていたらしい。
こういう場合も、サドはマゾの安全を最優先に考えなければならな
い。サドはつらいよ。
そう言うと、縛り方のノウハウとか、プレイの仕方を教えてもらって
いると思われるかもしれないが、大抵最初の話は、どんなプレイにはど
んな危険が伴うのか、どんなやり方をしてはいけないのか。そういう話
ばかりを聞かされる。
つまり、サドとして知っておかなければならないのは、危険回避の仕
方なんだな。それがちゃんとできていれば、そこから先は自分の好きな
ようにして構わないということらしい。
私が初めて女王様のところに通い始めた頃、私がこんなことを言っ
た。
「私は体が大きいから、小さな鞭を持っても絵にならないんですよね」
その女王様は、SMプレイをしていきたいのなら、かっこよくプレイ
したいとか、絵になるプレイをしたいという気持ちは捨てなさいと言っ
た。サドにとって何より大事なことは安全なプレイをすること。たとえ
全然かっこよくなくても、事故の起こらないプレイをすることが何より
大事なんだと。
そしてしてくれた、その女王様の思い出話。以前に和風の部屋でM男
くんを吊っていた時、古い敷居がささくれ立っていて、足に棘が刺さっ
てしまった。それも、長い棘が、垂直の方向に足に突き刺さったと言
う。
その時その女王様が一番にしたことは、棘の刺さった足を庇いなが
ら、先ずM男くんを降ろすこと。何かあった時に対処できる状態でなく
なったことで、それ以上M男くんを吊っておけないと判断したそうだ。
結果、彼を降ろす間に棘はますます深く刺さり、救急車を呼んで病院
で処置してもらわなければならない状態になってしまったという。
よく言われる言葉。自由と責任は隣り合わせだと。拘束して、マゾの
自由を奪うからには、そしてマゾに対する生殺与奪の自由を一手に握る
からには、プレイ中に起こる全てのことの責任をサドが負うということ
なのだ。
先日、三重県で大きな地震が起こって、大阪も震度3で揺れた。ちょ
うどプレイ中の女王様が居て、吊られていたM男くんはやはりかなりビ
ビッていたらしい。
こういう場合も、サドはマゾの安全を最優先に考えなければならな
い。サドはつらいよ。
逆調教というのがあるらしい。
M女さんの中には、SM哲学みたいなものを持っている人が結構居る
とのこと。SMプレイはかくあるべき、マゾヒストはかくあるべき。サ
ディストはかくあるべき。
そういうM女さんと、経験の浅いS男さんとか、無自覚なS男さんと
かがプレイすると、M女さんに説教されたりすることがあるらしい。
「あなたはご主人様なんですから、そんなことをしてはいけません」
「あなたはご主人様なんですから、こうして下さい」
つまり、これが逆調教。プロのSさんなどで、SMの世界に入ったば
かりの頃、逆調教を受けた人は結構居るという話だ。
あまりプレイのバリエーションの無いSに、こうしてほしいとプレイ
をMからねだるのも、広い意味の逆調教なのだろうか。
ここからは、髭の主観。
調教というのは、SがMを自分好みのMに育てていくこと。とする
と、逆調教というのは、MがSを自分好みのSに育てていくこと、と
いうことになる。
そうなると、Sが主で、Mが奴隷というのは、本当にイメージの世
界の中だけということになるかな? 現実の関係は対等なのにプレイ
の中では主と奴隷とか、プレイの中で、現実の関係が逆転するという
ことも、普通にあるのだろう。
そんなことを思っている時に、ふと思った。
昔の男は強くて、今の男は弱くなったと言う。本当にそうなんだろ
うか?
男尊女卑の時代、女は貞淑で三歩下がって、などというイメージを
女に押し付けたのは、男だと思う。でも逆に、強い男のイメージは、
女が男に押し付けたものなのではないか。
つまり、男が甘えやすい女のイメージをSの立場で作り、女が甘え
やすい男のイメージをMの立場で作った結果が、あの男尊女卑の考え
方になったんじゃないだろうか。
有島武郎の小説『星座』とか、小津安二郎の映画『生まれてはみた
けれど』などを見ると、明治や昭和初期の男たちが、一生懸命強い男
の役割を演じていこうとしながら現実の自分とのギャップに悪戦苦闘
している、哀しい姿が描かれている。
男が強かった時代なんて、本当は無かったのさ。
M女さんの中には、SM哲学みたいなものを持っている人が結構居る
とのこと。SMプレイはかくあるべき、マゾヒストはかくあるべき。サ
ディストはかくあるべき。
そういうM女さんと、経験の浅いS男さんとか、無自覚なS男さんと
かがプレイすると、M女さんに説教されたりすることがあるらしい。
「あなたはご主人様なんですから、そんなことをしてはいけません」
「あなたはご主人様なんですから、こうして下さい」
つまり、これが逆調教。プロのSさんなどで、SMの世界に入ったば
かりの頃、逆調教を受けた人は結構居るという話だ。
あまりプレイのバリエーションの無いSに、こうしてほしいとプレイ
をMからねだるのも、広い意味の逆調教なのだろうか。
ここからは、髭の主観。
調教というのは、SがMを自分好みのMに育てていくこと。とする
と、逆調教というのは、MがSを自分好みのSに育てていくこと、と
いうことになる。
そうなると、Sが主で、Mが奴隷というのは、本当にイメージの世
界の中だけということになるかな? 現実の関係は対等なのにプレイ
の中では主と奴隷とか、プレイの中で、現実の関係が逆転するという
ことも、普通にあるのだろう。
そんなことを思っている時に、ふと思った。
昔の男は強くて、今の男は弱くなったと言う。本当にそうなんだろ
うか?
男尊女卑の時代、女は貞淑で三歩下がって、などというイメージを
女に押し付けたのは、男だと思う。でも逆に、強い男のイメージは、
女が男に押し付けたものなのではないか。
つまり、男が甘えやすい女のイメージをSの立場で作り、女が甘え
やすい男のイメージをMの立場で作った結果が、あの男尊女卑の考え
方になったんじゃないだろうか。
有島武郎の小説『星座』とか、小津安二郎の映画『生まれてはみた
けれど』などを見ると、明治や昭和初期の男たちが、一生懸命強い男
の役割を演じていこうとしながら現実の自分とのギャップに悪戦苦闘
している、哀しい姿が描かれている。
男が強かった時代なんて、本当は無かったのさ。
知り合いのS君の話。
ある女性と、初めてSMプレイをした。そこそこ意気投合して、また一緒に遊ぼうということになる。
その時、相手の女性が、今度はレイプ・プレイをしてほしいと言い出した。このS君、ちょっとびびってしまって、まあ、それだけが理由ではないのだけれど、結局その女性とは会わずじまいになってしまった。
その話を、私の師匠の女王様にする。その女王様が言うには、
「そんな人だから、彼女もそういうおねだりをしたのよ。何をしだすか分からない人に、怖くてレイプ・プレイなんて頼めないでしょ? 本気で止めて! と叫んだら止めてくれる人だと思ったから、そういうお願いをしたのよ」
「Mも、ちゃんと相手を見ているのよ」
そして、レイプ・プレイのやり方を教えてくれた。本気で鬼畜な人には危なくて教えられないテクニックもあったが、当たり障りの無いものについては、このコラムでいずれ発表します。例の知り合いにもメールで教えてやったのだが、その彼女と縒りを戻しただろうか。どうなんだろう。
似たような話をもう一つ。プロのM女さんには、やはり本気のMさんが多くて、すごいマイ鞭を持っている人も結構居る。
でも、聞く話によると、そういう人は二種類の鞭を持っていて、あ、このお客さんは危ないと思うとすごい鞭は隠しておいて、チャチな鞭の方を出すのだということ。やはりM女さんも、男を見ているということだな。
ならば、最初だけ善人ぶって、すごい鞭が出てきた後で鬼畜に変身……。
通用するかどうか分からない。なにしろ相手は、日々何人もの変態の
相手をしているプロだからね。見抜かれちゃうんじゃないかな。たとえ
一度は騙せても、二度目からは拒否される。お店のデータ・ベースにも
載るから、他の女の子も騙せなくなる。
結局、鬼畜なプレイがしたいのなら、女の子の安心できる紳士になり
なさいということ。紳士のふりをしなさいということではなく、プレイ
の最中も終始、紳士で居られる人間になりなさいということ。
ある女性と、初めてSMプレイをした。そこそこ意気投合して、また一緒に遊ぼうということになる。
その時、相手の女性が、今度はレイプ・プレイをしてほしいと言い出した。このS君、ちょっとびびってしまって、まあ、それだけが理由ではないのだけれど、結局その女性とは会わずじまいになってしまった。
その話を、私の師匠の女王様にする。その女王様が言うには、
「そんな人だから、彼女もそういうおねだりをしたのよ。何をしだすか分からない人に、怖くてレイプ・プレイなんて頼めないでしょ? 本気で止めて! と叫んだら止めてくれる人だと思ったから、そういうお願いをしたのよ」
「Mも、ちゃんと相手を見ているのよ」
そして、レイプ・プレイのやり方を教えてくれた。本気で鬼畜な人には危なくて教えられないテクニックもあったが、当たり障りの無いものについては、このコラムでいずれ発表します。例の知り合いにもメールで教えてやったのだが、その彼女と縒りを戻しただろうか。どうなんだろう。
似たような話をもう一つ。プロのM女さんには、やはり本気のMさんが多くて、すごいマイ鞭を持っている人も結構居る。
でも、聞く話によると、そういう人は二種類の鞭を持っていて、あ、このお客さんは危ないと思うとすごい鞭は隠しておいて、チャチな鞭の方を出すのだということ。やはりM女さんも、男を見ているということだな。
ならば、最初だけ善人ぶって、すごい鞭が出てきた後で鬼畜に変身……。
通用するかどうか分からない。なにしろ相手は、日々何人もの変態の
相手をしているプロだからね。見抜かれちゃうんじゃないかな。たとえ
一度は騙せても、二度目からは拒否される。お店のデータ・ベースにも
載るから、他の女の子も騙せなくなる。
結局、鬼畜なプレイがしたいのなら、女の子の安心できる紳士になり
なさいということ。紳士のふりをしなさいということではなく、プレイ
の最中も終始、紳士で居られる人間になりなさいということ。
初めて女王様に教えてもらったこと。マゾと奴隷は違う。
奴隷と言うのは、ご主人様の劣情を満足させるために自分を犠牲にしていく人間のこと。マゾは逆に、自分が満足することにしか興味が無い。
マゾはエゴマゾと言うらしい。自分を満足させてくれないご主人様には冷めるし、時に馬鹿にすることもある。マゾが従順であるのは、ご主人様にマゾを満足させてくれる力量がある証しみたいなものらしい。
マゾヒストの女性は、ノーマルの女性よりもわがままだと言う。ノーマルの女性は、自分が気持ちよくなるのに、ああして欲しい、こうして欲しいと自分から要求しても、結果満足させてもらえれば相手を受け入れられる。だが、マゾヒストは、自分が何も言わなくても、自分が気持ちよくなることをどんどんしていって欲しい生き物らしい。たとえ何も言わなくても、逆に口だけでは駄目、やめてと拒絶していても、自分の心の中を見抜いて、自分の望むプレイでどんどん自分を気持ちよくしてもらいたいという訳だ。
サディストになるということは、マゾを満足させられるテクニックを磨くことなのだと言う。つまり、観察や会話の中からマゾの望むプレイを見抜き、相手のツボをどんどん責めていけるのが一流のサディストであると。
毎日何人ものM男くんを調教している女王様の場合、そういう観察力も自然に養われてくるらしい。でも素人のサディストは、やはり何回かプレイを重ねていきながら、特定の相手の嗜好を知っていくしかないのだろう。
ここからは、髭の私見。
マゾと奴隷の区別があるのなら、きっとサドと暴君の区別もあるに違いない。マゾの嗜好を満足させてやろうとするのがサド、自分の嗜好を一方的に押し付けていこうとするのが、暴君。
そして一番不幸な組み合わせは、暴君とマゾの組み合わせだと思う。
例えば、レイプ・プレイというのがある。暴君にとっては、女のことなどまるで考えないで、自分のしたいことをしたいようにするのがレイプ・プレイと考えるだろう。
つまり、男の側がどれだけ幼稚であっても、女扱いが下手であっても成立するのが、暴君のレイプ・プレイだ。それがどんなものかは、三流のエロ小説やエロ・ビデオを見ればよく分かる。
マゾのレイプ・プレイは全く逆だ。自分がいかに泣き喚こうが、拒絶しようが、自分のツボを見抜いている男に、どんどん気持ちよいことをされて、追い詰められていく、究極のプレイがレイプ・プレイなのだと思う。
つまり、ノーマルのセックスで要求される以上に男のハードルが高いのがレイプ・プレイということである。
非常に高いハードルを要求しているマゾ女性と幼稚な暴君がレイプ・プレイをしたらどうなるか。破局? 訴訟? 事件? その悲惨さは考えるだに恐ろしい。
Sを自称する男たちよ、暴君になるなかれ。
奴隷と言うのは、ご主人様の劣情を満足させるために自分を犠牲にしていく人間のこと。マゾは逆に、自分が満足することにしか興味が無い。
マゾはエゴマゾと言うらしい。自分を満足させてくれないご主人様には冷めるし、時に馬鹿にすることもある。マゾが従順であるのは、ご主人様にマゾを満足させてくれる力量がある証しみたいなものらしい。
マゾヒストの女性は、ノーマルの女性よりもわがままだと言う。ノーマルの女性は、自分が気持ちよくなるのに、ああして欲しい、こうして欲しいと自分から要求しても、結果満足させてもらえれば相手を受け入れられる。だが、マゾヒストは、自分が何も言わなくても、自分が気持ちよくなることをどんどんしていって欲しい生き物らしい。たとえ何も言わなくても、逆に口だけでは駄目、やめてと拒絶していても、自分の心の中を見抜いて、自分の望むプレイでどんどん自分を気持ちよくしてもらいたいという訳だ。
サディストになるということは、マゾを満足させられるテクニックを磨くことなのだと言う。つまり、観察や会話の中からマゾの望むプレイを見抜き、相手のツボをどんどん責めていけるのが一流のサディストであると。
毎日何人ものM男くんを調教している女王様の場合、そういう観察力も自然に養われてくるらしい。でも素人のサディストは、やはり何回かプレイを重ねていきながら、特定の相手の嗜好を知っていくしかないのだろう。
ここからは、髭の私見。
マゾと奴隷の区別があるのなら、きっとサドと暴君の区別もあるに違いない。マゾの嗜好を満足させてやろうとするのがサド、自分の嗜好を一方的に押し付けていこうとするのが、暴君。
そして一番不幸な組み合わせは、暴君とマゾの組み合わせだと思う。
例えば、レイプ・プレイというのがある。暴君にとっては、女のことなどまるで考えないで、自分のしたいことをしたいようにするのがレイプ・プレイと考えるだろう。
つまり、男の側がどれだけ幼稚であっても、女扱いが下手であっても成立するのが、暴君のレイプ・プレイだ。それがどんなものかは、三流のエロ小説やエロ・ビデオを見ればよく分かる。
マゾのレイプ・プレイは全く逆だ。自分がいかに泣き喚こうが、拒絶しようが、自分のツボを見抜いている男に、どんどん気持ちよいことをされて、追い詰められていく、究極のプレイがレイプ・プレイなのだと思う。
つまり、ノーマルのセックスで要求される以上に男のハードルが高いのがレイプ・プレイということである。
非常に高いハードルを要求しているマゾ女性と幼稚な暴君がレイプ・プレイをしたらどうなるか。破局? 訴訟? 事件? その悲惨さは考えるだに恐ろしい。
Sを自称する男たちよ、暴君になるなかれ。
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